英語脳と日本語脳をスムーズに切り替える方法
[公開日]2014/12/24[更新日]2015/04/17
二カ国語話せるバイリンガルや、三か国語以上話せるマルチリンガルの人たちの頭の中は一体どうなっているのかなと思ったことはありませんか。日本語だけでも物忘れをしたりするのに。。。英語を喋れる人は、英語で本当に考えたりしているの?と誰もが思ったことはあるのではないでしょうか。
その時々によって、英語が勝っている時期と日本語が勝っている時期があり、それによって、英語を話しているときと日本語を話しているときに問題が出たりします。
例えば、「無意識にとっさに出る一言」が英語なのか日本語なのかによって、その時、能の中で優勢な言語を自分で知ることができます。何かを落としそうになって、”Oops” と出るか、「あっ」と出るか。足の小指をぶつけて、”Ouch!” と出るか、「痛っ」と出るか。
毎日の生活のなかで、どちらの言語をどのくらいの割合と頻度で使うかによって優勢な言語は決まるような気がします。英語脳と日本語脳の共存はありえますが、いつもどちらかが勝っている状態です。今回は、そんな英語脳と日本語脳をスムーズに切り替えられる方法を検証します。
優勢言語を意識する
冒頭で話したように、英語等を学習して、頭の中で行き交う言語が2個以上になってくると、どちらかが優勢になるのが自然なようです。ハーフの赤ちゃんで、生まれたときから英語と日本語の二カ国で育ったとしても、結果として「母語」というのは誰にでもあるらしいのです。英語日本語が五分五分で脳に居座ることはないようです。
それには、住んでいる国や周りの人が話している言語が大きく関わってきます。なので、学校や職場では日本語でコミュニケーションを取るでしょうし、私たち日本人にとって日本で暮らしている分には、日本語がどうしても優勢になります。
筆者が英語に興味を持つようになって、朝から晩まで英語漬けになっていた時がありました。高校卒業後、アメリカの大学の日本校へ2年間通ったのですが、その頃は、寝る間も惜しんで英語の勉強をしていました。昼間の授業はネイティブの先生が英語習得のための授業で、放課後もクラブ活動や宿題をしていましたので、ずっと英語です。寮に戻っても外国映画を見たり、アメリカからの留学生と話をしたりとにかく英語の練習をしていました。
しかし、筆者は生粋の日本人ですので、その頃から、言語学習者の特有の脳のオーバーヒートなるものを経験し始めました。今までずっと無意識的に日本語だけの生活をしていたのに、作りも語彙も語順も全て違う英語を狂ったように押し込んだので、脳が疲れてしまう現象です。英語を本格的に勉強し始めた人にある現象です。
寝る間も惜しんで勉強していたくらい英語が好きだったのに、一日中英語を入れ込むと、脳みそがもう動かなくなってしまうのです。「もうこれ以上は、身体的に無理」ということが起こってしまうのです。
怠けているようで、自分では認めたくなかったですし、一つでも多くの単語を覚えたかったので、英語をストップすることは避けたかったですが、ぼおっとして考えることもままならなくなってくるので、英語を見たり聞いたりすることをとりあえず止めて、脳を休ませてあげないことには、どうにもならなくなりました。
今思えば、筆者は当時脳みそに相当なストレスをかけていたのだと思います。へとへとになった脳みそに英語をまだ詰め込むのは、効率が悪いです。
そこで、英語脳と日本語脳を切り替えることを考える前に、自分の優勢言語を知ること、意識する事はとても大事です。日本人なのだから、日本語を操ることが自然で得意である。そのことをまず念頭において、その上に英語を詰め込むのだということを意識してください。
でなければ、筆者のように無理をしすぎてキャパシティー以上のことを詰め込もうとしても、時間とエネルギーの無駄です。
ちなみに、この英語学習者特有の脳の疲れ、ですが、英語を使うことに段々と慣れてくることで、少しずつ起こらなくなってきます。筆者はアメリカに渡るまでにマシになりました。そこまで疲れずに英語を勉強したり操やつることができる時間が段々と長くなってくることに気づきました。
渡米してからまたネイティブの英語のスピードが早かったり、本場の英語の難しさを見せつけられ、ハードルをもう1つ超えることになりましたので、また脳の疲れが戻ってきました。しかし、数年たち英語を頭で考えなくとも出るようになればまた、なくなりました。
今では、日本での国際結婚している家庭、ということで家庭では英語ですが一歩外へ出れば日本語。二つの言語が完璧に混ざった環境でいますが、あの当時のような疲れを感じたことはないです。
英語が板につくまで話す
前項で話したように、英語に慣れることで段々と言語脳は切り替えることができます。第一に、何が必要かというと、練習です。英語が自分の一部になるまでどんどん使って、聞いて、読んで、書いて、話す。それしかありません。それには近道もありません。
脳が英語モードになっているとき、日本語が出てこないのか?脳が日本語モードになっているとき、英語がでてこないのか?と聞かれることもありますが、これも慣れればチャンポンしなくなります。
慣れないうちは英語で話しているのに、とっさに日本語で「なんだっけなあ」「あれなんだけど」等と出てしまうかもしれませんが、(もしくは、そう頭の中で考えている)それも何年もすればなくなってしまいます。
英語で話しているときは、英語で考えている自分に気づくでしょう。これが、脳が英語脳に切り替わっている証拠ですね。ちなみに筆者は10年の在米生活を終えて、日本に帰ってきたときに、逆に脳を日本語モードに直すのに結構時間がかかりました。
というのも、在米生活最後の3年は、日本人が全くいない町での生活だったのです。ネットでニュースを読むくらいしか、日本語を使うときがありませんでしたので、脳みそは完璧に英語脳へと変わっていました。
日本に戻ると、昔の友達などに会う機会があり、べらべらと話したいのに話せませんでした。友達にも「日本語話すのしんどそうだね」と苦笑されたりしました。日本語の言葉がさっと出てこなかったり、日本語で話しているのに”You know…”などと出てきそうになりました。
高飛車になっているのではなく、本当に日本語が慣れなかったのですが、「ちょっとアメリカに行ってたからって、何あれ」等と人に言われるのが怖くて(実際にそんなことを面と向かって言われた事はないのですが)ぐっと出てきそうになる英語を飲み込んでいたので、口数の少なくなり、口を開けばどことなく変な日本語を話す日本人と化してしまっていました。
しかしさすが日本語は母語なので、半年もすれば日本語脳は戻ってきました。英語モードにするも日本語モードにするも、とりあえず慣れです。
人格をしっかり持つ
英語モードと日本語モードが何となくでも確立してくれば、次の課題は自分という人格を持てるかです。どの言語で話していても、自分は自分。簡単なようなことですが、結構難しかったりします。言語によって性質が違いますので、「いつもの自分」を保つのが難しいのです。
例えば、筆者の場合日本語では冗談を言ったり、会話の流れを読んだりするのは簡単ですが、英語での場合、会話での役割が違います。ネイティブの英語のスピードは速いですが、それに慣れてもやはり彼らの笑いのツボが違ったり、会話の流れを読むのが日本語より劣りますから、聞き手に廻ってしまいます。
当初このことをとても悩みました。英語の壁に立ちはだかっているわけではないのです。皆が何を言っているかは分かるのだけど、どうしても英語という言語のせいで、「いつもの自分」(=日本語で話す自分)とは違うのです。いつも言うような冗談が伝わらないのです。
この事に慣れてしまうと、日本人と日本語で話していても、「英語で話している時の自分(聞き手に廻る自分)」の影響が出てしまい、何だかスムーズに行かなくなる。20代で若かったですし、人格について悩みだすと尽きなかったです。しかし今思えば、それも含めて自分という人格を認めてあげるのが大事なのではないかと思います。
英語を話す自分と日本語を話す自分の間にギャップがある。そういうこともあるか。という軽いスタンスで大丈夫だと思います。英語脳に慣れてくれば 「英語で話すときの自分のキャラクター」も少しずつですが確立されてきます。数年かければ、だいたい自分でもこんなものかな、という程度の人格ができてきます。自分でも発見があるでしょう。
演技力
前項で話したような人格が少しずつできてくれば、次は演技力です。筆者が思うに、言語は演技力が必要になってくるところがあると思うのです。筆者がアメリカのすごく田舎に住んだとき、そこの住人たちは、外国人など見たことのない素朴な人たちばかりでしたので、日本なまりのある筆者の英語など聞いたことなかった人たちばかりでした。
その町に引っ越したとき、筆者は既に在米6−7年たっていましたので、大抵のことは自分でしてきましたし、アメリカ人と英語で話すことについて全く問題ないと思っていました。が、そこの住人たちは私が
“How are you?” と言おうもんなら、
“What?” と言って、全く理解してくれなかったのです。
このことは結構ショックでした。それなりに英語についての自信をつけていた頃でしたので、「私の英語が理解されない」ということが何年も起こっていなかったからです。そこで、縮み上がってしまっては、アメリカでは住めません。
筆者はそこで、英語をその町の住人と話す時には、言い方や手振り等を、その町の若い女の子のように、してみたのです。落ち着いた日本人モードの自分ではなく、あくまで白人の元気な女の子のような軽い振る舞いで話しました。
すると、その雰囲気に飲まれるのか、おもしろいことに、彼らは筆者の英語を分かってくれたのです。もちろん、前項で書いたように、自分という人格を保つことはとても大切です。がしかし、英語を話す時に相応の演技力はある程度必要なのです。
「英語を話す自分」をぜひ演技してみて、英語脳に磨きをかけてみてください。
言語自体の流れをつかむ
英語と日本語ではフロー(流れ)が全く違います。二つの言語を音楽的にとらえてみましょう。リズムやテンポが全く違うことに気がつくでしょう。筆者が日本に帰ってきたとき、昔から知っている友達に会う機会がありました。帰国直後で、まだまだアメリカナイズ満開だったころです。日本語が出てきづらかったのですが、そのことが恥ずかしかったので隠すためにも、ハイテンポで日本語を喋っていました。
幼なじみの友達だったのですが、私がマシンガントークを繰り広げていると、「こんなに落ち着きなかったっけ」とあきれられてしまいました。
そこではっと気づいたのです。筆者は日本語を発していても、英語のテンポで喋っていました。これでは、日本語としてはなかなか成立しないのです。
アメリカ人は会話のテンポが、日本人に比べて圧倒的に速いです。グループで話をしていると、テンポが遅い人は置いて行かれますし、喋っていてもイライラされるので、なるべく速く喋って、要点を言って、ジョークを言わないと!という強迫観念のようなものが、身に付いていたのでした。
つまり、日本語脳と英語脳が上手く切り替わっていなかったのです。日本に帰ってきてから、そういえば日本人の会話のテンポの遅さに逆カルチャーショックを受けてしまいました。こんな概念的なことも含めての、言語脳なのだなと痛感しました。
英語脳、日本語脳とひとくちにいっても、言葉そのものだけの問題ではありません。こんなところでも気をつけてみてください。
英語脳と日本語脳をスムーズに切り替える方法 まとめ
さて、どうでしたか?これまでのバイリンガル、や英語脳などといったものの印象が少し変わったのではないでしょうか。
英語脳と日本語脳を使い分けるのは簡単ではありません。自分の優勢言語を知ることと、とりあえず経験を積むことから練習してみてください。脳は慣れれば、適応していきます。
それから、演技力をつけてみたり、その言語によっての自分の人格を意識して、少しずつ無理なく伸ばしていくことも大事です。言語そのものだけではなく、テンポや雰囲気、その言語のフローまでもを操ってこそ真のバイリンガルになれるのです。