看護師をやめた後に考えたこと

[公開日]2014/12/01[更新日]2018/08/08

私は2度の転職を経て、通算20年看護師として働きました。その中では結婚、離婚とライフイベントも重なり、公私ともに中身の濃い20年だったと思います。この仕事は片手間でできるものではありませんから、いつも「生活の中心」にあり、そこを軸に自分の動きを組み立てなければなりませんでした。時には軸をずらさないように、家族や周囲の人たちを巻き込むことも多かったかもしれません。そんな私が退職したのは、再婚を機に人生の後半を大きく転換させてみようと思ったから。そう、その新しいスタートで私が何を考えていたかお話しましょう。

看護婦退職後に考えること


金銭感覚の修正


女性の職業として看護師の給料は恵まれている方だと思います。私は国立系の大学病院にいましたので、ボーナスの他に各種手当も支給されていて、経済的な問題を感じることはほとんどありませんでした。もちろんとびきりの贅沢とはいきませんが、化粧品や洋服などはそれほど躊躇することなく手に入れることはできました。ですからスーパーの特売日にトイレットペーパーを買い込むといったような生活感がまるでなかったのです。50円、100円の金額の違いになぜ色めき立つのか全く意味が分かりませんでした。

お金の管理についても同様で、数ヶ月にわたって通帳を確認することもなく、たまに記帳すればページが足りなくなっているような始末。それでも、何とかなっていたんですね。

でも退職してしまえば、そういうわけにはいきません。とくに再婚し扶養家族になると決めた以上、限られた予算をいかに有効に活用するかが大きな課題。正直「どんぶり勘定」な私にハウスキーピングができるのかとても不安でした。もちろん、退職後は化粧品のランクは落としましたし、美容室に通う回数も減りました。新聞の折り込みチラシをチェックするのが朝の日課になりました。良い買い物ができた時は小さな達成感を味わえます。そして、いつのまにかそれを楽しめるようになっていました。看護師時代の金銭感覚からの脱却に成功!ですよね。

イメージチェンジ


くせ毛で毛量の多い私の髪…。これは本当に苦労のタネでした。当時はまだナースキャップをつけていましたが、髪をまとめるのが大変だったのです。中途半端な長さにすると手におえないので、長く伸ばして束ねキャップの中に押し込むしかありません。ですから、仕事帰りには髪に束ね癖がしっかりつき、いかにもやぼったい感じがして嫌いでした。

そこで退職後は思い切ってイメージチェンジです。長かった髪をカット、もうナースキャップの心配をすることはありません、少しくらい跳ねた髪だって気にすることもありません。多めにレイヤーを入れて軽くし、手櫛で整える無造作ヘアの出来上がり。頭が軽くなって良い気持ちでした。思えば私にとって、ナースキャップは孫悟空の頭の輪のように心を戒めるための道具だったのかもしれません。その他、我慢していたピアスも解禁。ピアスの位置によって運勢が変わるとも言われて、新しいスタートに丁度良いタイミング。

看護師という職業はイメージが先行しますし、ある意味で没個性な職業でもありますね。私のように仕事とプライベートを上手に使い分けられない不器用な人間には、こういうタイミングがイメージチェンジには絶好のチャンスだったのかもしれません。

友人との距離感


看護師になって不規則な勤務体制になってから、学生時代の友人との付き合いは少なくなっていました。何しろ1ヶ月前からシフトが組まれていますから、急に誘われても予定を入れにくいのです。しかも、せっかく電話をもらっても、夜勤前の仮眠中だったりすることもあって、重ねて残念なことも。また、あまりにもハードな仕事に追われる毎日で、一般の会社勤めの友人との温度差を感じていたようにも思います。

でも退職して時間に余裕が出てきてから、ご無沙汰続きの友人が懐かしく思い出されました。ところがその頃になると、友人の多くは子育て世代。主婦としては自由な時間が取りにくい状況なんですね。それに家計をやりくりし、家事をこなし、夫や子どもと通して広く社会ともつながっている彼女らに気遅れもありました。

看護師生活20年での退職。気がつけばアラフォーと呼ばれる年代。家庭と仕事の両立に失敗しながらも頑張り続けた仕事でしたが、気がつけば看護以外の世界は極めて狭いものになっていました。友人と自分の過ごしてきた時間のずれを改めて実感していたように思います。

あの景色がみたい


私は夜勤が苦手でした。病棟の暗さと不安定な静寂さや、先輩とふたりきりで過ごす時間の重さにとても緊張していたのです。勤務中にたびたび胃が痛くなったり、吐き気がして食事が摂れなくなったり、ストレス症状に悩まされた時期もありました。

そんな時、私を救ってくれたのは、病棟の窓から見える朝焼けの美しさでした。漆黒から紺色へ色が変わり始め、しだいにオレンジ色の太陽が見え始めます。まもなく太陽が昇り始めると、窓から差し込む光が廊下で反射し、病棟全体がオレンジ色に染まります。長かった夜から解放され、思わず表情がゆるむ瞬間です。そして思うんです「今、この時間、この美しい景色を見ている人がどれくらいいるだろう」って。そう思うと、つらい夜勤も悪くないって思えました。この世界で夕焼けを見る人はたくさんいても、太陽が昇る美しさを愛でることができる人はそう多くはなないはず。ちょっとした優越感ですよね。夜勤者の特権です。

退職して看護という仕事に未練はなかったのですが、あの景色を見られなくなったことがとても残念でした。富士山登頂をしてご来光を拝む人の気持ちに似ているのかもしれません。太陽が昇るエネルギーは特別な力を与えてくれるのかもしれませんね。ですが、ちなみに基本的に早起きはさらに苦手な私。残念ながら、今後も朝焼けウォッチャーになる予定はありません。

ちょっぴりの挫折感


私の場合、退職理由は結婚のためということでした。でも実は重かった荷物を下ろして、開放的な気分を求めていたことも間違いありません。そして新しいスタートを前にして高揚感もありましたし、看護師としてのキャリアアップにも未練はまったく感じていませんでした。

ところが、少し落ち着いた頃、同僚だった仲間の動向が気になり始めます。大学病院という環境も影響してか、彼女らの多くは独身でしたし、行動力があり、ブレルことなく進む姿がカッコよく感じ始めたのです。そして、現場で働いていた頃の私をまるでイメージできない夫に、私も少し前まで、そこにいて第一線で働いていたのだとアピールしてみたくもなりました。それは、看護の世界からドロップアウトしたという挫折感の裏返しであり、頑張り続けている彼女たちへの嫉妬だったかもしれません。

でもただ、落ちこぼれたわけではなく人生をプラスの方向にするための退職だったはず。自信をもって新しい生活に向かっていけば良いことなのですよね。隣の芝生はいつも青く見えるようです。だからこそ、自分の足元の芝を良く手入れし、大切に育ててあげることが大切なんだと思っています。

体調を整える


子どもの頃から健康だけが取り柄だった私。実は未だに水疱瘡もおたふく風邪にも罹っていません。ある意味、この年代からの初感染の方が恐ろしいという場合もありますが、とにかく丈夫だったのです。ところが、看護師5年目頃から、扁桃腺炎、喘息、甲状腺腫瘍と思いがけない病気になり、初めての入院や手術を経験しました。職場では中堅になり求められる役割も増える時期であることに加え、プライベートでも問題を抱えていた時期でもあったため、心身ともに追い込まれた状況だったと思います。

ですから退職しニュートラルな状態の中で、体調を整えることも課題のひとつと考えていたわけです。それにしても、身体というのは正直なものですね。実は退職以来、病気らしい病気はしていません。ステロイド治療が必要だった喘息でさえ、まったく未治療で発作も起こしていないのです。もともと成人で発症する喘息は心身症のカテゴリにも入る性質のものですから、それは合理的な結果かもしれません。

看護師時代は「きついのは当たり前」「つらいのはみんな同じ」と自分に言いきかせてきました。でもストレスの許容範囲は個人差が大きいものです。けして「みんな同じ」ではありません。頑張り過ぎている自分を受け入れてあげることも大切なことなんですね。

アイデンテティの書き換え


総務省の労働力調査によると女性の20人にひとりは看護師なのだそうです。数字で見る限り珍しくもない職業というわけです。それでも、私の中では「看護師である私」の占める割合は大きかったと思います。自意識過剰かとは思いますが、看護師というだけで「立派な仕事ができる人」と評価されることも多く、それにふさわしい自分でいなければならない窮屈さもありました。実は同僚の中にではプライベートで自分の職業を隠しているという人もいたほどですから看護師である自分を重くとらえている人は意外と多いのではないでしょうか。

そこで退職後、思い切りその壁を超えてみたくなったのです。白衣を軍手と作業服に着替え、ホームセンターの園芸コーナーでアルバイトを始めました。それは本当に楽しくて貴重な経験でした。なかには明らかに高圧的な態度のお客様の対応も必要な場面もあって、看護師と患者さんの関係では経験できないこともたくさんありました。土台は同じ「わたし」でも、看護師という装飾をはずせば「ただのひと」なんですね。これからは肩の力を抜いて新しい自分を作っていけける、そんな期待を感じることができました。

看護師を卒業したことに後悔はありません。けれど、今も白衣は捨てられず大切に保管しています。看護師スタイルの記念写真を撮っておけば良かったと思うこともあります。そして、現場を遠く離れた今でも、やはりあの時代を一緒に過ごした仲間とのつき合いは続いています。いろいろなことがありましたが、やはり私の人生の中で、とても貴重な時間だったのだと思っています。

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